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怪我をして乗馬をお休みしてました。

休馬&人中は
マリアン キャロリンに大変お世話になりました。
このブログは Japanese eyes only だけど
この場を借りて厚くお礼申し上げます。

クライストチャーチは春たけなわ。

愛猫も 友獣 ハリポタも元気です。

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ホリー

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ホリー



退院した最初の週末、
マリアンがホリーに会いに連れて行ってくれました。

1ヶ月ぶりのパドック。
ホリーの懐かしい匂いと優しい大きな瞳。


事故の記憶がないため
馬に対する恐怖心はまったくありません。


傷ついたのどに
プレッシャーがかからないように
お医者さんから

1ヶ月は馬に乗らないで安静にね。


と言われていましたが
翌週にはマリアンにそそのかされて
ホリーに乗りはじめました。


最初はバランスがわからなくて

あれ?あれ?

と少し戸惑いましたが
見えないことに何も不自由をかんじません。


マリアンが安全パドックを作ってくれ、
乗る前に地面とフェンスの位置をよく確認しました。


最初はおそるおそる、
5分後には速歩、
手前を何度か変えてから
ちょっとだけ駈歩、
すぐに元の感覚をとりもどしました。


お医者さんに注意された
のどは気になりませんでしたが、
耳に水が詰まったかんじになり、
怖くなって乗るのをやめたことが何度かありました。


さて、
ちっとも見えるようにならない目、
お医者さんから、

角膜の傷を治すには
角膜移植手術しかありません。


といわれ


移植手術の難しさに加えて
両目完治まで2-3年

と気の遠くなるような長さ、

しかも手術は成功するとは
限らない、

失敗したら?
拒絶反応をおこしたら???
全然見えなくなるの???


すっかり気が滅入り
しょんぼりメソメソする毎日。


そんな私に
マリアンは毎日優しく励ましてくれ
パドックまでの送り迎え、
治療のアドバイス、
買い物に連れて行ってくれたり、
何でもしてくれました。


そして、マリアン主導で
目標をつくりました。

2ヵ月後に迫った恒例のホースキャンプ
に私が行けるように。


健康体でもいろいろ大変な
3泊4日の馬キャンプ。

見えないし耳鳴りもするし
キャンプはトイレもないから
私だけなら、絶対いかなかったな。

でもここであきらめちゃうと、
もう2度と馬の行事に参加できなくなるかもしれない・・・


参加を決めるのはストレスだったけど
がんばることにしました。
















見えない

のどの再手術の後、
すぐに退院の予定でした。

がらがら声でしゃべることはできるけど
明瞭でない上に
あごの矯正で
上の歯と下の歯をゴムでとめていたので

ウーウー

言ってるだけで意味は不明。

退院して
呼吸困難になっても救急車が呼べないな。



しゃべれないということは
緊急時に助けを呼ぶことが
健常者より数段難しい。


ことを身にしみて理解しました。

ただあごを再手術することになったので
退院も1週間延期、


あごの手術も予定時間にはじまらず
また 手術時間もながくて
なんだか大変でしたが

おかげで

のどを気にしている余裕もなく
呼吸困難の心配もふきとんでしまいました。

食欲もあるし
痛み止めをたっぷりもらって
よく眠るので
術後の快復もめざましく
翌月曜日には退院しました。


入院中は あごだ のどだ
であまり気にしていなかった目、

退院後 

これじゃ 運転できない・・・

と急に不安になりました。



事故の後、
病院が私のコンタクトレンズの装着にきづかず、
コンタクトレンズを3日間とりはずさなかったため
コンタクトが原因で目が感染していたそうです。

そのため入院中 日に6回ほど2週類の目薬をつけていました。




目、なんで見えないんだろう?
目薬で治るとも思えないし・・・
眼鏡の検査をしたときも
先生のあてたレンズではどれも見えるようにならなかった・・・


退院後
最初の2週間は
あご、のど、眼の診察に通うので
忙しくしていました。

ただその後は
通院も減り、
身体も元気になるにつれ
自分が何をしていいのかわからなくなり
どんどん気分が落ち込んでいきました。


車を運転できないのは
NZでは手足をもぎとられたようなもの・・・
と形容する人もいるほど 不便です。

何をするのにも 誰かに連れて行ってもらうように
頼まなくてはならず、
買い物にも、友達や馬に会いに行くこともままなりません。

(日本だったら、車なしで電車と自転車に乗れないのと
同じくらいの不便さかな)

また小さな字がまったく読めないので、
本雑誌、テレビ、 インターネットもできません。

買い物も情報がありすぎて
ぼんやり見えるのは疲れるのと
値札や商品の説明がまったく見えない。

初めての場所では
何がどこにあるのかわからず
ぶつかったりけつまづいたりします。


娯楽 ラジオ・・・・

つまらない・・・・
音楽鑑賞は普段ほとんどしないのと、
私にとって 音楽はあくまでも
運転しながら聞く、
とか
インターネットをしながら
とか
食事をしながら

など あくまで 
何かをしながら聞くもので

音楽だけを聞く

ということが楽しくないのです。

散歩にもでかけ
運転してたときは知らなかった
なかなか素敵な川のほとりの散歩コースを見つけましたが

遠くのパドックから馬を連れてくるために歩く、
とか、
馬に餌をあげる、
とか、
パドックの掃除や飲み水の確認、
とか、
フェンス(作)を移動させる
(*牧草の量を調整するため)
とか、


歩くにも目的がないと
やっぱりつまらない。

一人で毎日同じ場所を歩くのはものすごくつまらない。

することがなくて早く寝てしまうと
朝の5時頃目が覚めますが
やっぱり
することがないんです・・・・

顎を骨折しているので
食事もできないのもあって、

寂しそうにぼんやりしている
お年寄りの気持ちがほんとうによくわかりました。

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ヨガで 馬のポーズを探していたら見つけた写真
これならできるかな?

MAINTAINING THE BENDより




















一般病棟へ

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ペギーちゃん無事 妊娠


手術の翌日には
のどにつけたチューブに空気調整弁のようなものをとりつけ
ビリビリした音ですがしゃべることが
できました。

でもね、

のどの中につけたスタンド、
手術でとりはずすはずだったスタンド、
行方不明になっていたんだそうです。



手術の時間が早すぎたのが
気になってたんだけど
やっぱり悪い知らせ・・・




何度かレントゲンをして
腸の手前でくすぶっているスタンドを発見。


口から
マイクロスコープみたいなので
チョイチョイと取り出せるから大丈夫!!

て言われたけど
なんかね、
ちょっとがっかり・・・


翌日
部分麻酔、のはずでしたが
完全に意識がないうちに
スタンドは無事とりのぞかれました。



事故から12日後、
自分で起き上がる練習をしました。

イケ面のリハビリの先生がつきそってくれましたが
それどころではないぐらい
身体を起こすのが大変でした。


重力に逆らうってなんて難儀なんだろう・・・・
なんでこんなに重いの・・・



翌日は1時間椅子に腰掛ける

翌々日は2時間
とだんだんならしていきました。


手術の後は歩く練習もしています。


歩行器のようなものを押して
病棟を1周するだけですが

まわりから

あら、すごいわね~
すっかり回復したわね~

と声をかけてもらっていい気分。


おしっこバッグもはずしてもらい
日々回復していくのがうれしかった
のがこの頃。

ただ精神的には
目が覚めてからの幻覚がつづいた3日間のことを
思い出すとつらく、
声も出るようになるのかよくわからず、
よく見えないのとまぶしいので
ぐったりしてました。


手術の2日後の午後
一般病棟にうつりました。

新しい病棟で
個室になり
窓からの景色、シャワートイレ
テレビと電話も完備のちょっとしたホテルです。


病棟に移ってからすぐ
物を飲み込む練習をしました。

最初はお水を一口、
その後ミルクティー。


16日ぶりに口にする飲み物。
味も香りもとても濃く美味しくかんじられました。


ホテルのような一般病棟、
食後とモーニングティー
アフタヌンティーには飲み物のオーダーをとって
サービスしてくれます。
食事もそれほど選択はないけど
いちよう希望を聞いてくれるので
飛行機でフライトアテンダントにちやほやされている気分。

山のような乗馬雑誌やDVDの差し入れがありましたが
近くのものもぼやけてしまい
小さな字は全然わからず、
読むことも見ることもできませんでした。


よく見えない
というのは無気力になるものだと思いました。

鏡を見ても
しわやしみが見えないのはいいけど
みだしなみにも気を使わなくなります。

鏡をみること自体
めんどうになるんです。

字も読めないから何もする気になれないのも
困ったものです。


写真を見せられても
なんと反応してよいかわからない、
できれば見たくないという気持ちです。

実際写真などはぼんやり見えて
様子もわかるのだけど、

どうせ見てもわからないから見たくない。

と、すべてにおいて
否定的になります。

みんな
私がよく見えない、
ということがわかっているのに、
本をすすめたり
ビデオをかしてくれたり、
写真を見せてくれたり・・・


見えない人の気持ちは
なかなか理解できないものなんだな、
と思いました。


携帯電話のメッセージは
読むのも書くのも一苦労でした。










はじめての手術

呼吸もだんだん楽になり、
また 事故の詳細もわかり

ちょっとほっとしたころ

お医者さんから


のどをに入っている
スタンドをとりのぞくための
再手術の説明をうけました。

手術の前日にいろいろ検査があり、
鼻から細いチューブを通して
のどの奥を検査。



おっつ生きてるぞ!


と先生が喜んでいます。


一番うれしかった瞬間。

声が出るようになる!

と思いました。
(先生からは何もいわれなかったので
勝手に想像しただけ)


しゃべれないことを忘れていて
携帯電話から、
日本にいる母に電話をし
大好きな母が電話にでているのに
何も言うことができません。
口をぱくぱくしても声が出ない、
とても切ない経験をしていたから
声がもどることに喜びも倍増です。




前夜は ソーシャルワーカーから
コンピューターの差し入れがあり、
インターネットをすることができました。

ただ事故の後、
めがねをかけた瞬間???
見えないんです。

めがねなしの視力はそれほどかわらないけど
めがねをかけても遠くが見えない。
近くもぼやけて見えません。
そしてなんだか白い壁がまぶしく見えて
サングラスをかけてすごしていました。

なので
せっかくの差し入れのコンピューターも
画面がよく見えず、キーボードもよくわからず
ほとんど使いませんでした。

事故のショックで 乱視がきつくなったのかな。
ぐらいにしか思いませんでしたが・・・


さて手術の当日。
キャロリンに付き添ってもらいました。

全身麻酔も初めて
手術も正式には初めて(事故後2回してるけど知らなかった)
麻酔がきかなかったらどうしよう。
執刀の途中で目が覚めたらどうしようと不安はつきません。



ニュージーランドの手術は
はっきりとしたスケジュールがないようで


いつはじまるかわからない


のがやっかい。


看護婦さんが予測して
キャロリンには3時頃来てもらいましたが

はじまったのは
5時すぎでした。

麻酔の注射もしたし、
パッチもあちこち貼ったし、
怪しげな空気がシューと入ってきたけど

寝られない・・・

どうしよう。
はやく寝ないと手術が始まってしまう。


ここは ペギーちゃんに手伝ってもらおう。


ペギーが一匹。
ほら、あそこにもペギーが、2匹
ペギーが3匹
ペギーが4匹・・・・


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ペギーが一匹

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ここにもペギー


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ペギーが3匹・・・


寝られない!!

ペギーちゃんたら
こんな簡単なことにも役にたたないんだから!!


10匹まで数えたところで

キャロリンが


終わったわよ~
成功よ~
1時間もかからなかったわ~


と起こしてくれました・・・・


えー

と驚いちゃったけど
嬉しかった。
始まる前に終わった気分。




手術時間が短すぎるというのは気になったけど。

そして、
手術の開始が遅くなったので
キャロリンは 駐車違反のチケットを切られたのでありました。












プロフィール

不二子

Author:不二子
クライストチャーチに10年以上住んでいます。
英語はちっとも上達しないけど、乗馬は少し上手になったかも。
寝ても覚めても馬のことばかり考えています。

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2006年からのブログを
ちみちみ再更新しています。
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